平らな背くらべ
「もうこんな時間か。ふぅ、ふぅ。よっこらせ、と。」
太っちょが重い腰を上げてやっと一歩、動く間にその道をちょうど追い抜いててくてく歩いていく人がいます。
「どうも楽でいいですねえ、俺がこんなに歩くのに先輩はそれっきりの仕事でいいんですから。」
こう言って通りすぎる背の高いのに、背の小さい太っちょは大声でやり返しました。
「ふん、いい気になるなよ。ここで一番重要なのはわしに任された仕事なんだからな。きみは単に下らん雑用をわしの何十倍もこなさなきゃならないだけさ。」
背の高いのはわざとゆっくり歩きながら振り返って言いました。
「はっ、まるで負け犬の遠吠えだ。あなたのような時代遅れのうすのろにはもう俺の仕事なんて出来やしませんよ。」
太っちょはぶるぶる身体を震わせました。
「何だと、わしが降りたらこの会社は終わりだ、きみなんぞ代わりはいくらだっているんだぞ。」
「どうだかね。」
そこに颯爽と、細くてすばしこい若者がハンカチで汗を拭き拭き後ろから駆けてきました。
あっという間に二人を追い越しながら、
「お久しぶりです先輩方、狭い社内でいさかいはやめてくださいよう!僕はおふたりの倍の倍の量ですけど、風を切って走るのは気持ちが良いですよ!それではまた!」
最後の方はもうよく聞こえない、棒切れのような新人のあまりの速さに呆気に取られ、残された二人は笑いました。
「いや、確かにあいつの仕事は俺の60倍ですからね。懐かしいな。あの速さ!本当に若いっていいもんですねえ。」
「それもそうだ、思えばきみもわしのちょうど60倍だものなあ。ずいぶんわしも老いぼれたもんだよ。あんな風に走っていた頃はもっと痩せて威勢よく働いていたもんだ!さあ愚痴はここまでにして互いの務めをしっかり果たそうじゃないか。」
背の高いのが頷きながら腕まくりをした時にはもう、足の速い部下が戻って来るのでした。
「おや今の間にも次の俺の仕事が回ってきましたよ。」
「頑張ってくれたまえよ。いやはやきみの言う通り、若い者には敵わんなあ。」
太っちょが恰幅の良い体を揺らして笑うと、また、風のように秒針は二人に挨拶をして通り過ぎて行きました。
「ご機嫌よう!また会いましたね!会釈をすると僕たちの仕事が台無しになってしまうのでご勘弁を!」
2023/05/16