憧憬 


……目を閉じると、静かな海が広がっていた。

まだうっすらと熱を持っている砂浜に私は立っていた。


呆然とする私と海との間に、よく日に焼けた少年がひとり。

声をかけるともなく、彼はこちらに振り向いた。

彼はありし日の私そのものだった。


私は、しばらく感慨に浸った……幼かった頃の私に戻って。

砂だらけの足を波に洗わせ、海の匂いに酔い、

何処からか吹いてくる風に耳を澄ませた。


しかし、それらは――波も砂も風の音も、じっと私を見つめる少年の目も――

あまりに美しく鮮明すぎ、私を打ちのめした。

私は、私達を包み込む夕陽から逃げるように目を開けた。


それはもはや懐かしい思い出ではなく、遠い憧憬になってしまっていた。

もう戻れない……解ってはいたが、涙がこぼれた。

そうして私は、泣くことすら久しく無かったと他人事のように思うのだ。