【 雨 上 が り の 庭 】



蔦の森でも、六月は雨の日が多いんだ。


今日ぼくらは、メイセルとラタン(ウィッカの飼っている凶暴な猫だ)の大喧嘩のことを報告するために

物知りふくろうジョバンニのところへ行く事になっていた。

ネリは羽が濡れるのが大嫌いだから、夜通し降り続いた小雨がやっと止んで大喜びしている。


「グラッサ様のお庭に寄ってから行きましょ。この時間じゃ、ジョバンニはまだ寝てるわ」

いつのまにかお気に入りの黄色のワンピースに着替えたネリは、

それと同じ色のラナンキュラスを髪に飾った。


大魔女グラッサ様の庭には色とりどりの花が咲いていて、珍しいハーブもある。

番人や吟遊詩人は、寝転がれる草むらや静かな木陰が好きみたいだけど、

ぼくらはやっぱり花が好きだ。



「見て、女王様のネックレスみたい!」


ばらの葉っぱのあいだ、ネリが指差した先には、銀色のクモの巣が揺れている。

ぼくは嬉しくなって、ジャンプして細い細い糸にぶら下がった。

掴んだとたんに糸は切れて、光を閉じこめた雨粒がぱっとはじけ飛ぶ。


「何をやってる!」


背中が真っ青なクモが茎をするする降りて来る。家を壊されて怒ってるんだ!

ぼくはネリの手を引っ張って駆け出した。それから急に可笑しくなって、しばらく二人で笑ってた。



棘に傷つかないように手を繋いだまま、ぼくらはみずみずしい香りが降って来るばらの下を歩いた。

見上げる花びらはお日さまが高くのぼるほど透明になっていく。


「ねえネリ。花は自分がどんなにきれいか分かっているのかな。」


当たり前なことの不思議さが、ぼくの口からあふれた。


「つぼみが開くまで、ピンクやあんなに眩しい黄色をどこに隠しているんだろう。

それにこの匂い。いったいどこからくるんだろう? 根っこで出来るのかな。

でも落ちた花びらにだって、いい匂いが残っているよ。」



ネリは目をぱちぱちさせて、ちょっと考えてから、歌うように言った。


「誰か好きなひとがいるのね。青い空か、向こうの楢の木か、

鳥か蜂か……もしかしたら雲や風かもしれない。

恋をするとみんなきれいになるの。ここの魔女見習いさんもそうよ。」


ぼくはそのとき初めてウィッカにかかった魔法を知ったんだ。

あの憎たらしい魔女でさえ優しく変えてしまうなら、

かたい緑のつぼみを笑わせるなんて簡単だ!



長い(番人なら20歩もかからないけど)ばらの道を抜けると、

雨上がりの庭には、あちこちで小さな虹がかかっていた。

ぼくらの羽もネリの笑顔もいつもより眩しく見えたよ。



(ぼくが花なら、虹に恋をするな。) 





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