「何の鳥? ヒバリ? カケス? それともオオルリ?」
ネリは知りたがりだ。疑問に思ったら気の済むまで、次々と質問を浴びせてくる。
十字型をした、あの立派な星座の名前がどうしても出てこなくて、ぼくは困ってしまった。
「えーと、とにかくもっと大きな鳥だよ。タカかな? ふくろうじゃなかったと思うけど……」
リーン、リーン……虫の声が聞こえてきた。
はじめにコオロギが、だんだんとスズムシの歌が重なっていく。
鳥のアルペジオのほかに、虫のビブラートを吟遊詩人が褒めていたのを思い出した。
『あんなに五月蠅く鳴かなけりゃ、セミももっと長生きできるのに』と
旅人がこう言って番人を笑わせ、詩人を呆れさせたことも。
耳を澄ますと、沼の方からかすかに聴こえるウシガエルの低いバスが
小さなオーケストラを支えているのが分かる。
繊細なスズムシのソロが終わったところで、ふっと曲がとぎれた。
「音楽は夜にうまれるんだわ」
うっとりと瞳を閉じてネリは呟いた。
月の光を織ったドレスを着たネリは、星明りをうけた白い花のように、ほのかな光に包まれている。
「この透きとおった空気が、昼間、木の下にできる影とおんなじものなんて……ノルは信じられる?
わたしにはどうしても違うものに思えるの。夜と一緒に、こうして息をひそめているとね、しずかな青い歌が聴こえてくるのよ」
「ふうん」
「透明なんだけど青いの……水がね、あんまり深くて透きとおっていると、うっすら青く見えるのに似ているわ。
美しいものがなんでも、すこし哀しいような気がするのは、その色のせいなの」
ぼくはなんだか怖くなった。サルビアの燃えるような色さえ隠してしまう夜の闇が、ネリの言うとおりほんとうに透明で、
あのこと座の青白い星までずっと繋がっている、そう考えてみたらぞくっと体がふるえてきたんだ。
ぼくらの羽のように、ネリがだんだんうすく透き通っていって消えてしまいそうな気がして、ぼくはネリの頬にキスをした。
その途端、今まで静まり返っていた虫の楽団が、いっせいに続きをはじめたんだ!
「今のを合図にしたみたい。ノル、いつから指揮者になったの?」
びっくりしたのと可笑しいのとでネリは泣きそうな顔をしている。
大丈夫だ、ネリのほっぺたは温かいままだし、ぼくの顔がもし赤くても気付かれない――
夜がどんなに透きとおっていても。
「もう、こと座があんなところにある。おかしいな。急に星がめぐるのが早くなったみたいだ」
「お星様はそんなに気まぐれじゃないわ」
ネリは笑った。
季節を教えてくれるのは澄んだ星空だけじゃない。
ぼくらのお気に入りの椅子、バラの葉っぱもいつのまにかずっと冷たくなっていた。
「あ、あの鳥。さっきの星座を思い出したよ。はくちょう座だ」
耳元でささやいたついでにもう一度キスをして、ぼくは地面に飛び降りた。
「帰ろう。番人も心配してるよ」
そうしてぼくらは、珍しくおしゃべりもしないで、またたく星を見上げて歩いた。
家に着いたころにはもう真夜中で、番人は椅子に座ったまま眠っていた。
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