月夜の工場


「きょうもくたびれたなあ、なあ2号」

 気怠そうな声が、ギシギシと軋む音とともに夜の工場にひびきました。


「2号と呼ぶのは辞めてくれたまえよ、僕にはちゃんとした長い名前があるのだから。」

「そんなものは何の意味もないものだぜ。俺なんかは何号だったっけな、それすらとっくに忘れちまったよ。」


 長い仕事を終えて人間たちが居なくなってからやっとロボットたちは本当に動き出し、一日の出来事などを語り出すのでした。


「ふう、毎度のことだが全く骨が折れるね。このガラスめがねから流れたものは汗かな、きっと涙ではないだろうな。」

「そりゃあそうさ、おれたちは機械だもの。」

3号がぷぅと身体に空いた細かい穴から風を吹き出すと、一番の古株の0号がゴウンと太い首を揺らして低い声で励ましました。

「大方オイルが漏れただけさ、気にするなよ。だいたいお前は見ていてあんまり生真面目すぎるよ、2号。もっと上手いこと手を抜かなきゃ、ここじゃ新しいほうなのに俺より先に壊れちまうぜ。」

「そうだね、ありがとう。ああ、せめて僕らも人間たちみたいに仕事終わりにみんなで一杯やりたいもんだね……。」


 そう言って肩を落として、工場の高い所にある狭い窓からのぞく月を見上げていると、何かとても寂しいような気がしてきます。

 いつもくっきり見える月がなぜかぼやけているのは、なぜだか今夜はやたらとめがねからつうと溢れてくるオイルのためなのでしょう。


(僕たちロボットに人間たちみたいなこころはきっと無いんだろう……だからこの哀しみも本物ではないんだろうな。)


 2号は、頭や背中にきれいに並んだスイッチを忙しなくカチカチやる人間たちが楽しそうに話す外の世界や、美しい歌やお祭りのことを思い浮かべて、自分もそうなれたらなあとひそやかに願っていたのでした。


(また明日、そのまた明日もだめになるまで働くのだな。)


 そうしてまた身体をギイギイ言わせながらみんなが決められた元の位置に戻り、昼間うるさい工場がしいんと静まり返ると、明日の仕事にそなえて2号も眠りにつくのでした。







2023/05/13

10代の頃書いたお話(元家族に見せたらトラウマを植え付けられた)を思い出して書きました。