【 雲 の う ま れ る と こ ろ 】



さわやかな五月の風が、ノルの絵日記をぱらぱらめくり

ちょっとだけ前のページを開きます……


……春の森はほんとうに気持ちがいい。木陰はひんやり、日向はぽかぽか。

優しい風に撫でられながら、新芽も花のつぼみも思いっきりのびをしている。


そのなかでひとつだけ、大きなユリがグラッサさまそっくりに腰を曲げていたから、

不思議に思ったぼくはユリに訊いてみたんだ。

ユリは首を曲げたままで苦しいのか、一気にこう答えた。


「それはね、ノルさん。ちょうどこの時間だけ、となりのシロツメクサさんが

わたしの陰に隠れてしまうからよ。

先週ひどく寒い日が一日だけあったでしょう。

それからシロツメクサさんずっと元気がないの」


「わかった。お昼前の一番いいお日さまを分けてあげてるんだね」


うなずきながらそう言うと、白いユリはしずかに笑った。

ぼくはユリやモクレンのこういうところが好きなんだ。


黄色のパンジーが集まってきゃっきゃっ騒いでいる。

はじめ愛想良く相づちをうっていたぼくも、だんだん眠くなってきた。



そよ風に吹かれながら眠ったせいかは分からないけど、

夢のなかで、ぼくは雲のうまれるところに行った。


辺りいちめんに光があふれていたけど、雪の朝みたいに目に痛くはないんだ。

花は見当たらないのに、バラやくちなしのような甘い香りが

どこまで走ってもいっぱいに広がっている。

虹の色があちこちで響きあってきれいに歌っていた。



女王様に似た人が近づいてきて、何かぼくに話しかけてきたけど

人間の言葉ともぼくらの言葉とも違うんだ。

(羽もずっと大きくて、立派だった)

それから白と紫の服を着た背の高い人にも会ったよ。


夢からさめて、番人が教えてくれた「天国」って

あんなところなのかもしれないって、ぼくは思った。

「人間は君たちみたいに飛べないから、空が遠いんだ」

いつか寂しそうに言っていた番人の気持ちは、ぼくにはよく分からない。

たぶんネリにもわからないだろう。

人間はときどき、とても哀しそうな顔をする。


そう、夢の中で聴いたきれいな虹の歌だけど、すっかり忘れちゃったんだ!

吟遊詩人に教えてあげたかったのにな。





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