【 や せ た 熊 の 詩 と、 み ど り の 矢 】



味気ない灰色の空は、やがて東から差す光に青を取り戻し、雲の形をあらわにする。



その日、旅芸人とのにぎやかなお昼ごはんをすませて、番人は散歩にでかけた。

何か探しものをしているような顔つきだけど、これはただの癖でそんな風に見えるだけなんだ。

ぼく? ぼくは仲良しのミオとヒバリと一緒に、樫の木の枝から森を見下ろしていた。


「ノエル、番人は熊みたいだねえ。熊にしちゃ痩せすぎだけど」


笑いながらミオが言うとおり、番人は熊の子供みたいに本当に嬉しそうに丘を下りてくる。

二本の足は、駆けていく気持ちが転ばないためのつっかい棒のように見えた。

番人が大またに歩くと、小さな笛やきれいな石ころがぶつかってカチカチ冷たい音を立てる。

森に季節を告げる鐘みたいで、不思議な鳥の鳴き声みたいで、ぼくはそれを聴くのが好きだ。




長老の樹から南にすこし行くと、夏がくれた濃い色を手放しても、まだ草は膝よりも高く生い茂っている。

番人はふと立ち止まり、色づいてきた木の葉を一枚むしった。


(遠くから見た木のかたちと似てるな。葉脈が枝で、周りのぎざぎざが葉で……)


柔らかい日差しに葉を透かして何かぶつぶつ呟いている。


(そうすると、一本の木はもうそれだけで森みたいなものだ。)


ふうっと息で葉っぱを吹き飛ばす。番人は少し早足になった。


(同じ根をもつ花でも、ひとつひとつ咲く時が違う。枯れていく花のすぐ隣に蕾がある)


いま胸をかすめた気持ちを、吟遊詩人なら何か美しい調べに乗せて歌えただろう。

柔らかく定まらない生まれたばかりの輪郭に、詩という確かな形を与えることができただろう。

痩せた熊は、汗ばむ額を冷やしてくれるシルフにかすかに笑いかけただけだった。



日がほんの少し傾いたころ、番人ははっとしたように立ち止まった。


(あ。鹿だ。あの立派な角がない……大きな雌鹿だな。)


コナラの木陰から、栗色の雌鹿が、不安そうに番人の様子を伺っていた。

木の実を探しに出てくるのはいつも夕暮れどきで、こんな時間に一頭きりでいるのは珍しかった。


「どうしたんだい。群れからはぐれたなら、一緒に行こうか」


番人は鹿がとっても好きだから、こう声をかけずにはいられなかった。

雌鹿はすらりとした首を心細そうに二三度振って、どうしようかとためらっている。


(大丈夫だ、おまえを射ったりしないから)


声に出さずに呟いて、そっと手を広げる。

それでも雌鹿の優しい瞳から、決して去らない怯えを見つけると、番人は急に真面目な顔つきになった。


(人間は、きっと少し大きすぎるんだな。怖がるのも無理はない。

この辺りには僕くらい背丈のある動物なんか、大人のクマしかいない。

それに、おまえ達には、僕とこの弓矢とが別のものだと分からないんだから……)


番人は腰を下ろしてじっと待っている。

少しずつ歩み寄ってきた雌鹿がとうとう会釈をするように頭をさげた、その時だった。

ざざっと大きな音と共に、黒い影が飛び込んできた――魔女見習いだ!


驚いた鹿はさっと飛び退き、細い足で地面を引っかくようにして一目散に駆け出した。

根っこをぴょんぴょん飛び越えて、茶色い後姿はあっという間に小さくなっていく。


「女王様にでも挨拶するような顔で、誰と会ってるのかと思ったら。

鹿に見とれているなんてね。変な奴!」


やれやれと立ち上がって、番人は魔女にかるく肩をすくめてみせる。風は止んでいた。

そうして何も言わずに、木々の間を縫い逃げていった鹿を、笑いながら鹿を追いかけるシルフを――

もしかしたら、それよりずっと遠くを――じっと見つめていた。




 番人の背中の矢筒に木の枝や葉っぱがのぞくようになったのは、確かその日からだったと思う。



今日も番人はのしのし歩く。

風の歌と森のざわめきに混ざって、ぼくの好きなあの音が聴こえる。