花の色

初めてひとを虐めたような気がする


わたしはあなたと違って

何を言えば傷つくか

なんて言えば一番喜ぶかなんて考えなくても分かるのよ


思ってもいないお世辞は口が裂けても言えないけれどね


(夜に逃げて

この運命からも逃れたい)


公園のブランコに乗ってからベンチに座る

いつの間に泣いていたのかしら

寒さでかじかむ手でスマホに日記を打つ


彼は追ってはこない 連絡さえ来ないわ

だってお互いに大嫌いになって

あの子の笑顔を忘れられたら苦しまないし、って書き止めて


暗い空ぼんやり照らす春の雲

――昼を陰らすものが夜を照らす――


自販機 車いすのあの人は元気だろうか まだ歩けるかな

こんな時でも名も知らぬ誰かを心配しちゃう癖 いい加減辞めたいな


命尽きる時わたしのおしゃべり二人に分けてあげられたらいいのにね


(ああ寒い もう疲れたし

声を聴きたい人もいない)


「こんばんは」

まぁ驚いた、この街でも通りすがりに挨拶を交わす人がいるの――

可愛い柴犬と夜の散歩ね

助けてくれないかな

人じゃなくて犬におもう

でもいかにも良い人そう、誰かが来て……話してる

知り合いなんだ 仲間に入れて


何も話せないで下を向く

こんな人生だもの嫌われる

そんな元気もないし


(何も悪くないわ

良いことばかりしてきたのにひどすぎる)


助けたって恩知らずばかりなのにさ人なんて

いちばん生きててほしい人は死んでるのよ


普通じゃないって何よ

わたしにはこれがふつうなのよ


そんなら普通の人なんか大嫌いよ

優しい人にはみんな傷痕があるわ

おかしいわおかしいわこんな世界

平等じゃなくていいけどあんまりだわ

すぐそこの神社に今夜はお参りしない


(もっと首元の

開いてない服を着てくれば良かった)


あーあ こんなにやさぐれちゃった女が持つべきバッグじゃない

ちっちゃなころっとしたミントグリーン ユニクロだけどね

パールをちりばめた流行りのバンスクリップくっつけてさ アマゾンだけどね

外出れなくて いっちゃん助けられたのベゾスだわ

誰も見ないわ 変な格好で出てきたけど

今心臓発作起きたら だーれも気づかないでおだぶつ

望むところよ でもちょっと嫌


寂しくなりたくなくてふっちゃったランボルギーニさん

いちばん寂しくさせる人選んじゃった

わたしってほんとうに見る目ない


時を戻せたらって

戻りたいとき一度もないわ


完全なるすっぴんだけどスーパーに入ろう

それっていかにもおばさんっぽくていいわ

だって今日は大事なねこちゃんの3歳の誕生日だから

記憶力がいいのは記念日覚えるのには役に立つわね

コロナでマスクで若見えするし


お目当てのチュールの前に

あの子のお通じにてきめんのさつまいも

彼の好きな わたしの嫌いな

いつも買わないお菓子をかごに入れる

じぶんの好きなもの遠慮して

わたしの食べたい方を買うんだもの、あの人


(ドンタコスいつも先に食べちゃってごめんね。あなた好きなのに)

(……ううん、きみが食べるように買ってくるんだよ)


ばっかみたい ばっかみたい

声ちっちゃくて 毎度聞き返すの疲れるわ

ばばあは目も耳も悪くなるのよ

あなた若いから知んないよね

そんなことよりして欲しいことがあるのよ

そんなところ嫌いになれたら楽なの


彼が何好きか誰より知ってる わたしが何好きかよく覚えてる

自分より相手を喜ばせるのが好きなのそっくり

最悪の4年間 悪夢見るよな4年間

ぶっころす勢いで罵ってきたのに

死にたくて誰かにすがりたくて飛び出したのに


ルマンド、じゃないわバームロール(わたし嫌い)

ルマンドともこが食べ過ぎて 枕にげろ吐いたの見るたび思い出す

このシリーズってなんだかパッケージ古臭いし でも彼の趣味っておばあちゃん

サクサクしたしょっぱいおかしは とりあえず濃い味(チーズ味ならいっか)


誰より速くどんどんカゴに入れちゃうけど

気付いたら全部必要な食べ物 特売品

まゆげも描いてなくて どう見ても良い主婦よ 褒めてよ誰か

ひとりぼっちで ぷんぷんだわ


こんなにもひとりぼっち 髪の毛だけさらさら


あっ目が合っちゃった

あなたガーベラ 大好きなピンクのガーベラ

珍しいわ ここで初めて見たかも 最後に買うわ

今日は哀しいけど大事な記念日だし

白い花まで添えてあって299円なら全然贅沢じゃない

あなたの綺麗さなら


切り花ってなにか哀しいわよね?

あなたを育てた人の顔が見えてきそう


レジのひとよりわたしのほうが愛想よくって 相変わらず

良い人病辞めたのよ

世界中を呪いたい気持ちなのに微笑まないでよ この口

わたしレジのバイトもできない学歴よ

いつだって病気だったし

さっき自転車で通りすがった きっと高校生二人組

楽しそうに話してた

わたしそのころ何してたと思う――


みんなみんな羨ましいわ

わたしを羨ましがった人たち 全員羨ましいくらいわたしよりしあわせよ

人生全部ひどすぎて笑っちゃうのよ なんで生きてんのかしら

五寸釘はじぶんの額にカーンカーンカーンよ

いい加減死ねっての 産まれてきたことを呪うレベル

でも生きてたいの しぶといから


天才なんかのわけないだろ

何にも何にも知らないし ぜんぶ奪われちゃって 世間知らずって笑われて

ただの生きる天才 いや 変態

このやろう ばかやろう

誰を殴ればいいんだ

運命がいちばん手ごわい敵


いつまでもいつまでも辛いなら 辛いままなら

誰だって生きてなんかいたくない

いくら最後に希望が残るってったって――


袋に詰め終えて 隣の親子を追い越して

わざわざなんで募金箱行くの この足

お金なんてないでしょ Simsもセール待ちなのに

でもこんなに買って2000円ちょっとなの えらい主婦だから


(今日は1円の10倍の力しか入れられないや)


隣にいない彼にこころの中でいうの

LINEも電話もしてこないの知ってる

帰りたくないより 帰ってきてほしくないよね

でも聞いたらきっと笑ったろうな

全然笑ってくれないから 宝物にしてたあの笑顔

最近見てないな


いつもいつでも募金してたけど お祈りしてたけど

誰よりも不幸なの忘れてたわ

神さまはわたしがよほどお嫌いなのかしら……


帰り道 夜に縁どられた白い葉牡丹光ってる

やさしいね 呼ばれたから振り返ったけど

いつ見てもカリフラワーみたい 食べられないでね


ああ ねえあなたはわたしの一番好きなピンクのガーベラだけど

花言葉は……だけど

(ともこからもらったコップ割っちゃったな 素敵だったのに)

ピンクでも濃くって むらさき、いやマゼンタに近くって

少し大人びた感じ


ついこの間彼に話したっけ


(花の色ってピンクとかオレンジとかじゃちっとも表せないよね

   その花そのものじゃないと

  ね 日本の色はさ

  お花の名前のままの色が 自然の名前がたくさんあるんだよ

 素敵でしょう――)


涙が出てくるな さっきの公園の前通りながらさ

わたしが夢見た世界は 描いた世界はさ

ほんとうにゆめものがたり

あんな世界はどこにもなかったよ

だから創ったんだね

あの中にまた逃げ込むのかな

でもわたしもう いつの間にか ううんやっと


ママだよ


世界は追いかけてくる

逃げられないの

生きてる限り何処にも――


ガーベラをたいまつに左手に握りしめ あの自販機を過ぎて


(鍵は締まってない)


階段を上る


わたしの帰る家はここしかない


彼と違って

ここしかお家無いの――


だまって花を活ける

おかえりもただいまもない


(斜めに切るとお花は長持ちするの、前にも言ったよね

 この間、「花曇り」って言葉も教えたよね、知らなかったのね)


背中から話してみる

こんなに近くにいたってさ 聞こえないんだよ

こころの声は


美しい言葉いくら教えても 返ってこない

寂しいって言えば言うほど 寂しくなる


(ねえ マゼンタ

 こんなに哀しい目であなたを見た人いないよね

 ねえ わたし

 こんなに辛い気持ちでお花を見つめたことないよね)


その真ん中のさ 黒いところ

いやだな こんな時に限って忘れちゃった


わたし吸い込まれそうだよ


お花の真ん中 ブラックホールみたいで怖いようだ


(花の色

  花の色――なにいろ――)


見つかることのない色を探して ばらばらになるのは

花びらよりも先にわたしだ


いつまで待ち続けるの


もう いかなきゃ


どこに行けばいいんだろう


チュールだけは

日付が変わる前にあげるんだ 泣くな

家なき子

家なき子 家があるのに ホームレス

ベンチの上で 寝転がりけり

春の雨 意外に冷たし 動けずに

ついに神も 見放した我よ

足音に 淡い期待を 抱きしも

遠くでだれか 傘差したひと


どうみても どこをどうみても ホームレス

スマホの画面も 雨に飾られ

このままで 凍死しよかと やさぐれる

ちょっと無理が ありすぎますよね

ふらふらと 帰り道を 千鳥足

お酒はひとつも 飲んでないのに

濡れた靴 黒い舗装 街頭が

悲しさゆえに 眩しくひかる


ほの白く 唯一こころを 照らしたは

梅か桜か 立ち止まりけり

ずぶ濡れで 帰ったものの 一悶着

せめて最後に 一人旅でも

トイレ行き ドア開ける前 ぶっ倒れ

すぐさま旅館を キャンセルするなり

死ぬのにも 気力体力 ないと無理

クーポン使って 安かったのに


古き友 生きるの後押し してごめん

酷すぎ人生 言われて気づく

最近の 自分がとっても 大嫌い

猫に告解 許してもらう

もう人は 諦めようか わたし猫

縮めばその手で 抱きしめられるよ

寝る前に ふと思いつき 全国の

ホームレス諸氏に 広めたし事

雨の日は ベンチの上より 下で寝る

そしたら少しは 濡れないのでは?


前日に 修羅場を起こした 旦那様

話を聞いて 真顔で答える

「あの人ら その道のプロ そんなのは

もっと詳しい はずであろう」と――

確かにな ホームレス歴 数時間

甘い考え 愚かであった

隙間から 余計に雨が 漏れそうだ

旦那が言うよに 高さもないしな……


右手と左手

誰かを深く愛しながら、

同時に誰かを憎めはしない


貴方を包むこの腕で、

彼らの胸は突き刺せない


こころの中ではこんなにも、

不器用な両手が救い


共に闘うのはただひたすらに、

辿り着いた今を守るため


私の右手が求め探すのは、

いつも貴方の左手


互い違いに絡め合う指先で、

置き去りのままの秘密を紐解こう


分たれているからこそ、

絆は硬く結ばれる


欠けているからこそ、

互いを補い合える


私がこの左手を差し出したなら、

迎えて受け取るのも貴方の左手


並ぶとき、向かい合うときとで違う

ふたつの温もりを分けあい


隣で同じ景色を見つめ、交わす瞳に同じものを確かめながら

ふたり歪なままに、歩んでいきたい

月が照らすもの

晩ご飯をすませて

何かに呼ばれた気がして

銀貨を二枚握りしめドアを開ける


心配しないで、そんな驚いた顔をして

猫ちゃん今夜は家出じゃないの


ジュースを買いに行くだけ――

色んな思い出のつまったいつもの自販機にね


(これからはきっと、美しいものがたりがたくさんたくさん、待っているわ)


(生きることはそれだけで創作よ、お料理だって子育てだってガーデニングもお部屋をきれいに飾ることも)


ひんやりとした空気

何もかもが研ぎ澄まされる透明な夜

真上には満月


ひとり立ちつくす私

猫、私、月、握りしめた百円玉


みんな、金と銀と、まんまるの瞳をして


(あんなに寂しそうじゃないお月様初めて見た)


呼んでいたのは あなた

ひとりぼっちの私のともだちだった


ぽつんと寂しそうなお月様


(わたしが寂しくないのなら、あなたも寂しそうに見えないのね!)


いつでも照らしてくれたあのひかりは

心を映した鏡だったの


(何もかもが歌っている)

(まだ誰にも聴こえない歌が、いま、この夜から生まれている)


笑っている


膝を抱えてうずくまっていた小さな私が

とんで 跳ねて 笑っている


(そうよ勝ったのよ!)


自由になったの

もうそれは地を這う鎖じゃない


本当の名前をくれた家族と

手を繋いだなら 寄り添うなら……


影は私たちを


繋ぎ目もなく、完全にひとつにする


孤独の遺物

少しのリキュールで溺れた夢の中

見も知らぬ異邦人の歌は

喪失を埋める慰めとはならず

虚しく部屋をすり抜ける


貴方の愛は最期も空回り

仕方の無いこと

最後まで私は道化のまま

本心は誰にも語らない


時を巡り合わせを呪い

我が子も胸に抱けず

ママを赦してと

道連れには出来ない


そう運が悪いだけ

転げ落ちながら階段をのぼり

振り返ると誰もついては来られない

聳え立つ塔のてっぺんで


なぜか開けてしまった哀しい色の扉

狭い低い部屋に

独り耐えるだけの私を見つけ

また独りで泣き崩れ


でも唯一の幸いは

孤独の頂点は陽に照らされている広い部屋

もうそれは暗闇に閉ざされた

恐ろしい逃げ惑う追憶ではなく

死に開かれた解放への旅路


報われ救われはしなくとも

脅かすものもいない耐え難い悪夢


誰に助けてとも言えず起き

叫びのかわりに呻き

白昼夢を臨む


緩やかな丘を滑る

涙の向こうに視えるのは


猛禽啄む私の亡骸

運命に切り刻まれた卑小な残骸

力尽きた戦士が願うのは永遠の憩だけ


もう青くも傷も痛みさえもない

灰いろの心臓


石化した塔のひと欠片が

あかるい空の下に遺るだけ


摩滅した碑文を指で辿れば

歴史の渦に飲み込まれ

楕円の遠心力に引き延ばされ

次元の外れに投げ出される


Where am I standing?

Can you hear me……


偏在する意識 存在しない自我



《聞こえますか 聞こえますか……こちら……≫


彼方から 貴方に



《聞こえますか 聞こえますか……》


過去と未来が吸い寄せられ

出逢う場所で 爆発する

その中から

白く激しく奔流する熱


現在の在処